2005年12月07日

デスノートについて

判例時報1904〜1905号に「裁判員制度批判」という連載がありました。裁判員制度が成立する以前から、同制度を「違憲のデパート」などと呼称し、その問題性を指摘していた著者による論文です。
内容には、こじつけ的な部分も確かに存在しますが、批判それ自体には的を射ているものが多いと感じました。司法に国民がもっと積極的に参加していくべきであるとの考え方自体は、私も反対するものではありませんが、裁判員制度自体、いくつもの問題を抱えていることは確かなようです。ただ、制度が出来てしまった以上、その制度の中で、出来るだけよい形で運用していくことが、実務家としての使命だとは思います。制度のためというよりは、その制度により裁かれる被告人のために頑張っていきたいと思うのです。だから、裁判員の負担を軽減することを主眼として、審理が荒くなってしまうのが、一番心配なところではあります。また、人によっては、勧善懲悪、人を殺すようなことをすれば、直ちに死刑だという考え方を持っている人もいるでしょうから、恐ろしい部分もあります。

そんな人間が主人公の週刊少年ジャンプ連載の漫画が、「デスノート」です。私はコミックスで読んでおりますが、最近10巻が出て、これを読んだところです。
法律家的には、もしキラが逮捕されたとしても、「デスノート」による殺人を、殺人罪として処罰できるか、端的にいえば、「デスノート」への記載と死亡との間の因果関係を、刑事裁判において認定できるかが問題かなと考えたりしています。検証するわけにもいきませんし、ノートの記載と死者の名前との一致だけでは、因果関係は認められないのではないでしょうか。念じるだけで人が殺せると話す人を、たまたま念じられた人が死んだからといって殺人犯とするわけにはいかないのと同じ理屈です。
まあそれはそれとして、この漫画は、少年ジャンプ連載ながら、知的(まあ、「デスノート」に関するルールをどんどん増やすのはインチキくさいところもありますが。知的バトルを緊迫感あるものとするためには、最初に決めたルールだけを利用して攻防した方がよいと思う)でかつ大人なストーリーとなっており、子供から大人まで広く楽しめるものとなっています。
ただ、キラの思想、つまり、犯罪者を消していけば平和な世の中ができあがるという沈黙の戦艦理論(核兵器を積んだ潜水艦が世界を見張り、ある国が違反行為を行うと、容赦なく核ミサイルと打ち込む)ともいうべき、恐怖による支配というものをどう考えるかという点は難しい問題であると思います。
確かに、犯罪者を片っ端から殺害していけば(多くの犯罪が再犯者によるものであることや、容赦なく下される生命の剥奪による抑止効果等から)、治安がよくなる可能性はあります。しかし、やはりそのような治世には問題があるといわざるを得ないと思います。
まず、処分される人間の選別について公平性が欠けると思います。さすがのキラだとしても、世界中の犯罪者の全てを処罰していくことは、事実上無理があると思います。よって、畢竟その選別は恣意的にならざるを得ません。そうなれば、ある者は殺され、ある者は生き残るということが起きてくることになり、不平等なある会による不満を呼ぶものと考えられます。ただ、この点については、作業の分担によって解決可能かもしれません。ただ、そのような分担が次の問題を生じさせます。それは、「デスノート」を使用する人間の側の問題です。当該ノートが持つ闇の魅力にどれだけの人間が耐えられるのでしょうか。おそらく、恣意的な殺人や、賄賂等による腐敗政治が行われ、単なる独裁制に陥る可能性が十分にあります。確かに、独裁制にもいいところはあるでしょう。しかし、そのいい時代も属人的な面が強いのですから、キラの思想が変化したり、また、キラの死後どのような人間が後を継ぐことになるかによって、非常に不安定な状態におかれることになり、そのような世界は決して住みやすいものではないでしょう。特に、先ほど述べたように、デスノートの使用者を増やし、分担して世界を統治するとすれば、悪用・濫用の可能性は格段に広がることでしょう。
また、そもそも、悪いことをした人間は、極刑にすればよいとの考え方自体、非常に想像力に欠けるものといわざるを得ません。第一に、犯罪者と自分との立場の交換可能性に思いが及んでないといえます。自分は決して犯罪者にはならないという信念があるのでしょうが、それが非常にもろいものであることは、裁判官や警察官、弁護士による犯罪行為が後を絶たないことからも、あきらかでしょう。特にキラの場合には、自らが連続殺人犯となっていることには、あまり意識が行き届いていないようです。第2に、悪いことを行った人の話を聞かずに、一刀両断するということは、大変に非寛容な世界だと思います。人は、自分と意見の違う人の意見も聞きながら、議論していく中で成長していくものだと考えます。しかし、悪いことをした人間だからといって、話も弁解も聞かずに切り捨てていくと、そこには対話という概念がなくなってしまうのではないでしょうか。そんな世界は独善的な、非常に思い上がった人間ばかりの住みにくい世界になってしまうのではないでしょうか。
弁護士という仕事柄、犯罪を犯した人と会う機会が多々ありますが、たいていの人は、凶悪な犯罪をしていたとしても、普通の人が多いのです(まじめで腰の低い人も多い)。そのような人たちにも生きていく権利があり、何人もその生命を奪うことが出来ないのではないかということを、今一度キラは考えるべきではないでしょうか。あれだけ優秀な頭脳がありながら、一番大事な部分について思考停止をしている彼は哀れとしかいいようがありません。
ただ、バッドエンド好きの当職としてましては、あまりに大団円のエンディングも望むものではありませんが。少なくともフィクションの中では…。
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posted by ヒロポン at 20:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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